2012年11月12日月曜日

セント カトリーヌ


 フランスでは11月25日をLa Saint Catherineといって
お針子さん(主に帽子を作る)を励ましたり、お祝いする日とされています。
緑や黄色が主な色です。

そんな日に、フランス人のお友達のミレーユさんのお宅へ伺いました。

ミレーユさんからカトリーヌの日に関する事を学び
お祝いなので、ケーキを焼き、帽子を作りました。
 
 

 その日の夜はとてもよく眠れました。

私の立場上、いつも何かに招かれたときなどは緊張してしまします。
しかし、この会は家庭的な雰囲気の中でリラックスして参加できました。
とても楽しい時間をありがとう。
 

2012年11月5日月曜日

10時からディナー マウリツィオ・ポリーニのコンサート~銀座ブルガリ

 
10時からディナーと言われたとき
パリ、モナコ、そしてイタリアのカプリにいる時を思い出しました。
バレエやコンサート、シネマを見たあと夕食は9時30分頃からでした。


11月2日金曜、東京で最高峰のひとつにあたるのではと思うほどの
イタリアンナイトを過ごしました。

イタリアの巨匠マウリツィオ・ポリーニのコンサート。
サントリーホール。
シュトックハウゼンのピアノ曲
ベートーヴェンのピアノソナタ2曲
特に「告別」は、そのピアノの音で身体が一瞬震えました。

休憩ではブルガリが最高のシャンペンを用意して
サントリーの特別コーナーで待っていてくれました。

演奏会が終わって、楽屋へ。
マウリツィオ・ポリーニ氏と握手していただきました。

その後は銀座ブルガリのプライベートサロンに招かれました。

二間続きのお部屋はローマ本店の内装と全く同じインテリア。
クオリティの高い宝石などがショーケースに納まっています。
特にミャンマー産のルビーのイヤリングはステキでした。
私の誕生石(7月)
お値段もステキで1億4千万円!!
 
16人で囲むテーブル
ろうそくの灯がクリスタルに反射して美しいの一言でした。
 


2012年10月15日月曜日

花鳥間 松井龍哉展へ

 
日仏芸術文化協会主催
「第三回日仏ロボットデザインコンテスト」

その審査委員長を務めてくださっている松井さんの個展に行ってきました。

松井龍哉氏はANAの飛行機、森英恵、ルイ・ヴィトンのデザインをしています。
フランスのルーブル美術館や、ドイツ、イタリア、中国でも
展示会を行なっている世界的なロボットデザイナーです。

白と黒を基調にしたそのデザイン性はやはり
世界のトップを走っているということがうなずけました。
洗練さの中にほんのわずか、愛らしさがある。
私はそこが好きな点です。

こんな素敵な方が協会の「日仏ロボットデザイン大賞」の
審査委員長をしてくださることに感謝している次第です。

10月21日まで銀座ポーラミュージアム アネックスにて
松井龍哉さんの「花鳥間 松井龍哉展」
入場無料です。

ぜひ、世界で活躍するデザイナーの作品を直接ご覧になってください。
 http://www.pola.co.jp/m-annex/exhibition/
 
 

2012年9月24日月曜日

第三回日仏ロボットデザイン大賞開催のお知らせ

第三回日仏ロボットデザイン大賞を開催することになりました。


今回はまず、この「日仏ロボットデザイン大賞」を推進してくれる
担当者をご紹介させていただきます。

野村知美さんです。
現在慶應義塾大学大学院理工学研究科、総合デザイン工学専攻。
フランス政府給費留学生として2年間
エコールサントラルパリ(非常に優秀なグランズエコールのひとつ)
で学び今年の9月16日に帰国しました。

今後は、大学院で生命医工学の研究に進みます。
それと同時に当協会の日仏ロボットデザイン大賞の推進役を務めます。

パリの美術館のスタージュ(学生アルバイト)をしていました。
ひょんなことから、彼女が理工科分野であることを知ります。
芸術と科学の両方に関心のある人だということに心打たれました。
そして、パリと東京間でメールを始めました。

私は協会のパリ特派員として適切ではないかと思い打診しました。
残念ながら、この9月に留学を終え帰国するということでした。
しかし彼女はその手伝いを日本ではできないものかと尋ねてきました。

協会はこのロボットデザイン大賞のフランス人応募者がなかなか集められないので
東京にいても彼女がフランス人の学生やそのまた知り合いに
ロボットに関心のある人がいればできますと答えました。

それと同時に私はためらっていました。
学業に差し支えないかということと、協会はわずかなお金しか出せないので
うちで働いてみませんか?とは、自分からは言い出せませんでした。

すると私の心境をまるで知ってるかのように
以下のような返信がありました。

「お手伝いできることがすでに嬉しいので、お金のことは全く気にしていません
どうぞ気をつかわないでください。私は将来博士課程に進みます。
社会人の方より勉強はあるものの、自由の身です。
自分のやりがいになるであろうことは、積極的にしていきたいと思っています。
ぜひ、ロボットデザイン大賞の諸活動を谷口様と共に行っていきたいです。
きっと人生の素晴らしい経験になっていくと思います」

今の20代の人は総体的に立派だなと思いました。
多くの大人はまず損得から物事を考えることが多いですが
若い人は自分の情熱や、自分の想いを行動基準にしている素晴らしさがあります。

こんな若い人たちと社会貢献ができているのは大きな喜びです。


            第一回の授賞式の様子      フランス人と日本人の子供たち

2012年9月18日火曜日

芸術の秋、第一弾。CHANELからのINVITATION



 
リシャール・コラスさんと久しぶりにお会い出来ました。
よくいらしてくれましたと、大変な笑顔で迎えられました。

なんと包帯をしているではありませんか!
それはアメリカでいい年なのに、20代の気持ちで
遊んでいたら、怪我をしてしまったそうです。
お話がとても楽しく、ユーモアがあります。

例えば、あいさつでリシャール・コラスさんと
画家のベルナール・ジョナーさんの関係を話し始めました。
「僕とベルナールは親の関係で、幼い時モロッコに住んでいました。
僕は小学生で、彼は学生で仲良しでした。
2人ともラクダに乗って学校に通っていました」

私はモロッコでは学校に行く時はラクダに乗るんだと思いました。
その瞬間

 

「これは冗談」
とおっしゃいました。
 
 

2012年7月2日月曜日

世界の医療団 支援者の集い2012

6月28日フランス大使公邸にて「世界の医療団 支援者の集い2012」
日仏芸術文化協会は今年も世界医療団に協力させていただきました。

パーティーはフランス大使公邸の素晴らしさと
東京中のフランス料理のシェフたちがいらしていて
美味しいお料理とデザートを楽しめました。
さらに、新しい人たちとの出会いがあります。

自分がこのように心から楽しんでいながら
世界の医療を待っている子供たちに
少しでも貢献できていると思うと充実感を感じます。

と、帰り道で会員の清水様が言っていました。
本当にその通りだと思います。


クリスチャン・マセ駐日フランス大使と


 会員の中口様と清水様

 プレゼント抽選会の司会は滝川クリステルさんとドン小西さん

真ん中のお2人は新会員の石坂様と牛田様です。




2012年6月4日月曜日

日本の伝統美に心酔

●京都本願寺大谷家ご長男の結婚式

 新お裏方さまの見事なお召し物

450人の人に配られた、赤と白の御紋が入った枡

伊勢神宮の宮司さまのお言葉を拝聴している私

京都本願寺大谷家ご長男の結婚式に招かれたとき感じた事。
3つあります。

1つは、本来の日本語の使われ方を知りました。
たとえば、裏方という言葉はよくテレビなどでは知っています。
現実に平成のこの時代に文金高島田の姿を目の前にして
司会者が「新お裏方さま」という言葉を使った時に
日本語の情緒深さを感じました。

2つめは、乾杯は鏡開きの日本酒で行われました。
その450個分の枡に赤と白で紋が印刷されていました。
私はいつもシャンペンが多いので、ここでも枡の木の香りと
日本酒の香りをからフランスとは違った日本の情緒を体験できました。

3つめ、神佛習合。
神佛習合とは、神佛が融合していくということです。
ヨーロッパの文化、または人々の考えの基調となるものは
キリスト教とギリシャ・ローマの文化です。
日本文化の総体の根底にあるのは、太古の昔から伝わって来た神道と
6世紀半ばに大陸から伝わってきた仏教です。
この2つの教は互いに融合し合って、日本の文化を始め
社会のあらゆる分野の基調となっています。
なぜそれを感じたかと言うと、本願寺という仏教の結婚式なのに
お仲人さんやご挨拶する人の中に、平安神宮、伊勢神宮の宮司さま方が
いらしたからです。



●京都へ会議のために行ってきました。

会議の後の会食は、元東伏見宮家別邸料理旅館「吉田山荘」で行われました。

この表唐門は,宮大工棟梁で文化功労者の西岡常一氏により建てられた総檜造り

 ステンドグラス、銅鏡の背面文様からデザインされた和と洋が見事に融合した昭和初期の建物

一人一人のお膳で頂く日本食は、いとたのしや

 烏賊このわた、ふなずし、唐墨大根、うすい豆腐などの前菜から始まり
お椀、造里には鮃、しび、鱧落し、縞鯵
凌ぎ、焼物、焚合、合肴、酢の物、御飯、水物と続きました。

吉田山荘の女将がお客様一人一人に今の季節の和歌を書いてくれたものです。
私の歌は、持統天皇御製